散歩当番交代の日
わが家の愛犬の散歩は、基本的には旦那さんが出勤前の早朝に連れて行くのだが
冬になると早朝の外はまだ真っ暗で🌙
寒いのが苦手なわんこは数分でUターン
そして、そのうち玄関でフリーズしたまま一歩も出ようとしなくなる
そうなると、散歩当番は明るい時間に行ける私に託されることに・・・
毎年、晩秋から冬の間の散歩は私の担当だ
今年も、ついにその交代の日がやって来た

日差しが出て少し寒さのやわらいだ時間帯の散歩は、わんこさん、めっちゃノリノリで
なんだかんだ小1時間は歩き回る
寒い季節に回ってくる散歩当番は、少々面倒くさいな〜と思わなくもないが
(いや、毎日思うが・・・)
そんなことを思う私も、玄関先でフリーズする犬と似たようなものではないか⁈💦
散歩前の飼い主の腰は重くなりがちだが、いざ出かけてみると季節を肌で感じられとても心地がよい🍁
早朝のフリーズとは一変、嬉しさでぴょんぴょん跳ね歩く犬に連れ回されること1時間
ナマケモノ主婦にはありがたい冬の運動習慣だ
芍薬(シャクヤク)の花
家の誰かが亡くなったあと
庭にその人が大切にしていた花が満開に咲き誇ったとか、木の実がたわわに実った
という話を耳にすることがある
私の父が亡くなった年
大輪の、それはそれは美しい芍薬の花が、次々に咲いたのだ
気品のある透き通るような淡いピンク、
ため息が出るような鮮やかな濃いピンク、
妖艶で神秘的な赤紫、、、
「わぁ!見事だね!」と、母と2人で思わず声をあげてしまうほどの美しさ
どれも光り輝くようなオーラを纏い
自らの花の重さに耐えながら咲き誇り、そして散っていった
明らかに例年とは違う咲きっぷりに、亡くなった父との関連を考えずにはいられない
でも、、、なぜシャクヤク⁇
生前の父からは想像もつかないゴージャスな花
父はどちらかと言えば
花よりも庭の一角に作った家庭菜園で野菜を育てる方が好きだったし・・・🤔
一応、花言葉を調べてみると
「恥じらい」「はにかみ」「誠実」「怒り」など・・・
えっ⁉️・・・「怒り」!?😱
気になって仕方ないのだが
結局よくわからないまま、3年余りが過ぎた
毎年、実家の庭の芍薬は花を咲かせているが、あの時ほどの豪華さは見られない
ところが最近、遠方に住む妹と母との会話から
「なるほど!そういうことか!💡」と
納得の理由が浮かび上がった
久しぶりに実家に帰って来た妹が
「これ、お母さんにインタビューして書いてみる?」
と言って荷物から出したのは、いわゆる『エンディングノート』だった
親のお金のこと、いざという時の延命治療、理想の葬儀は?など
聞けるうちに本人の意思を確認しておくことはとても大切なこと
いきなり財産や葬儀の話はしにくいが、ノートは極々簡単な質問から始まっており
「好きな花は」
「えー何かなぁ」と考え込む母に、妹が言った
「お母さんはシャクヤクでしょ。前にお父さんから聞いたよ」
えっ?うそ!本当に?
出た!
なんと芍薬は父ではなく
母が好きな花だったのだ
真面目で、派手なことは嫌い。優しいけどまあまあ頑固…だった父
母の一番好きな花を庭にたくさん咲かせて
一人になった母が寂しくないように、という計らいなのか
長年連れ添った母への感謝を伝えたかったのか・・・
父が亡くなる前後はコロナ禍で帰省もままならず
妹はあの時の芍薬の花を見ていないのだが
電話で私から話を聞いた時にそっと気づいて、父母への思いを馳せていたらしい
あの時、庭に咲く見事な芍薬の花を見て
母もこっそり父の思いを感じていたのかもしれない
街の電器屋さん🌟
先週のある夜、一人暮らしの母から
母:「ダイニングとお風呂場の電球が切れてしまって…」
と電話があり、、、
ちょいちょい発生する実家のメンテナンス問題🏚
トラブル度の大小はあるが、今回は比較的小案件
実家は車で30〜40分くらいで行ける距離にあるのだが、
今日はもう私、ビール🍺飲んじゃったし💦
しかも、翌朝から泊まりで出かける予定があり、
私:「ごめんね、しばらく行けそうにない💦」
母:「リビングや洗面所の明かりで何とかなるから大丈夫よ。来れる時でいいからね」
でも、、、
薄暗い夜は心細いよね…
足元が見えにくくて転倒したりして…
と、私の頭の中はずっとモヤモヤ
そういえば、
子供の頃、家に時々「街の電器屋さん」が出入りしていたなぁ
我が家の電化製品のほとんどは、
その電器屋のおじさんが持ってきたもので、
調子が悪くなると電話一本ですぐに見に来てくれた
電球ひとつでも快く交換してくれていた
用事はなくても、新製品のパンフレットやカレンダーを持って来て
お茶飲んで、面白い話をして子供を笑わせてくれたり☕️
時代の流れとともに、我が家も大型量販店で買うのが当たり前になり、
いつの間にかおじさんは来なくなったが
できることなら今、時空を超えて、
「家の電球が切れてしまって」
とおじさんに電話したい!
結局、私が実家に行けたのは1週間後。。
はい、点きました💡

母と電球と昭和の電器屋さんの事を
思いながらの長い1週間だった


